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2009年8月18日火曜日

エバンストンへ鉄道で4,000km - 3日目

アメリカ内陸部の平坦な地形が続く。

昨日までは調子よく飛ばしてきた我がカリフォルニア・ゼファー号だが、今日は単線での貨物列車との行き違いのタイミングがうまく合わず、長く停まっていることが多い。気づけば、時刻表より3時間の遅れになっていた。

遅れを取り戻すべく、列車はかなり飛ばす。ミシシッピ川を超えてついにイリノイ州に到達した頃には、遅れは2時間ちょっとまで縮まっていた。イリノイに入ってしばらくすると、メトラ(Metra)というシカゴの近郊列車と線路を共有するようになり、町並みも草原一辺倒から若干賑わいが出てきたようだ。そろそろ、サンフランシスコからシカゴまでの長かった旅も終わり。
 
 
シカゴの摩天楼が見えてくる。都市規模としては日本の名古屋くらいだが、砂漠と草原ばかり見てきた目にはとても大きな都会に映る。列車はシカゴ・ユニオンステーションの18番線に到着。
 
 
ユニオン・ステーションには、長距離列車用に空港のようなバゲージクレームがある。自分の荷物とクレーム・タグを引き換え、外に出る。
 
 
エバンストンへは、ユニオン・ステーションから3ブロックほど離れた別の駅、オギルビー・トランスポーテーション・センター(Ogilvie Transportation Center)から、メトラのUP-North線で20分ほど。いよいよ、これから2年間を過ごす、エバンストンの街に到着。
 
 
今日は、ケロッグの日本人上級生が新入生を歓迎する呑み会が開かれる予定。アムトラックの遅れのせいでぎりぎりになってしまったが、トランクを抱えたまま会場に駆けつけ、渡米前に何度か会っていた同期や、4月に行われた合格者イベントDay at Kelloggでお会いした上級生と再会、気持ちよく酔いどれる。なんか自分の家に戻ってきた気分。
   
 

2009年8月17日月曜日

エバンストンへ鉄道で4,000km - 2日目

サンフランシスコからシカゴまでの汽車旅2日目。

朝5時ころ、効きすぎの冷房で目が覚める。場所はどうやらソルトレイク・シティを過ぎた辺りのようだ。ふと気づくと、腕時計が指す時刻と携帯の時刻が異なっている。タイムゾーンを越えたためだが、こちらの携帯はタイムゾーンの修正を自動でやってくれるらしい。なかなか賢いもんだ。

昼ころ、ロッキー山脈を抜けた後はひたすら砂漠と大平原。時折、車掌が観光案内を放送してくれる。バッファローの大群などに遭遇することも何回かあり、そのたびに乗客が歓声を上げる。


 
突然の車内放送。なんでも乗客の誰かがトイレに異物を流して下水系統がいかれてしまったのだとか。「家で子供がやったらあなたも怒るでしょ!!」と誰とも分からない犯人に対してキレ気味の車掌の声。デンバーでエンジニアを呼んで修理するんだそうで、時間確保のために急いできますとの事。
 
デンバーへの到着は午後5時。時刻表上の予定より3時間近く早く着いた。どこをどうごまかしたのだろう。「やればできるじゃないか」と褒めてもいいことなのか?
 
   出発は予定通り8:10、というわけでデンバーの街にあるカフェから更新。
 

エバンストンへ鉄道で4,000km - 1日目

1ヵ月半を過ごしたスタンフォードを離れ、エバンストンへの移動の日。

普通なら飛行機で飛んでいくのだろうが、今回は鉄道を使って行くことにした。鉄道にしろバスにしろ、私は地を這って行く旅が好きだ。道中、風景の移り変わりやそこに住む人々を間近に感じることができるし、なにより時間をかけて移動するのは長い距離を旅をしているという実感が持てる。

早朝5時半、呼んでおいたタクシーに荷物を載せ、寮の部屋の鍵をハウジング・オフィスのポストに投げ入れて、ひっそりと出発。

シカゴまでは、サンフランシスコからベイブリッジを渡った対岸にあるエメリービル(Emeryville)から、アムトラックのカリフォルニア・ゼファー号(California Zephyr)が1日1便運行している。途中、ロッキー山脈あり、砂漠あり、大平原ありの風光明媚な路線で、総延長は実に4,000km! 乗車時間2日半の汽車旅だ。エメリービルまではサンフランシスコのカルトレイン(ベイエリアの近郊列車)駅から接続バスが出ていて、本来はパロアルトからもカルトレインを利用して乗り継げるのだが、あいにく今日は休日。休日のカルトレインは始発が8時過ぎという閑散ぶりなので、サンフランシスコまでタクシーで行かなければならない。

アメリカの鉄道事情は日本のものとはだいぶ異なる。昔はアメリカ全土に旅客鉄道網が形成されていたらしいが、飛行機や自動車が主な移動手段を占める現在では、長距離旅客列車はほとんど廃止され、前述のアムトラック(Amtrak)という半官半民の会社が物好き用に僅かに運行するのみ。サンフランシスコのような大都市の最寄であるエメリービルでも駅は驚くほど小さい。これでも駅員が居るだけまだいいほうで、ほとんどのアムトラックの駅は駅であることさえ分からないような無人駅なのだ。

ちょっと早く着きすぎたのでエメリービルで時間をつぶし、9時ちょっと前に、今後3日の移動手段であり宿でもある列車に乗り込む。車両はアメリカらしく大型で、座席も相当余裕がある。防人の短い脚では前のフットレストが遠く感じるくらいだ。食堂車やラウンジ・カーというのも連結されている。アムトラックを使っての旅は、9年前初めてアメリカに来たときに鉄道とバスで東半分を一周して以来だが、車両やサービス内容はその時からあまり変わっていないようだ。

 

ゆっくりとエメリービルを発車した列車は、途中カリフォルニアの州都サクラメントやネバダ州の小さなギャンブル・タウンであるリノを越えていく。雄大な山景色を眺めたり、iPhoneのナビに見入ってみたり、食堂車で老夫婦と夕食をしたりしているうちに時間は過ぎ、汽車旅1日目は暮れる。

 

 動画: ラウンジ・カーから山間の景色を望む

 

2009年8月2日日曜日

灼熱のアリゾナ 2日目 - 華氏116度でゴルフデビュー

昨日の夜、今回の訪問先である友人が「明日、ゴルフ予約しといたぞ」と一方的な宣言。

防人は日本にいるとき、ゴルフを極力遠ざけてきた。打ちっぱなしはほんの1, 2回だけ行ったことがあるのだが、まず球がまともに飛ばない。そもそも、小さい球を穴に沈めることの意義がよく分からない。スポーツというものは、アメフトにしろマラソンにしろ、戦争の陣取り合戦を模していたり歴史的な謂れがあったり、なにかしらそれっぽいルーツがあるもんだが、穴に球を入れることにどんなルーツがあるのだ?

そんな風に強がってみたものの、やっぱりできたほうが楽しいかなー、と思って、実はここんとこスタンフォードのキャンパスにある打ちっぱなしでちょこっとだけ練習していたりした。そうは言ってもドのつく初心者だ。コースなんてとんでもない、と思っていた。

球が前に飛ばないんですけど...?「大丈夫何とかなる」。用具を何も持ってないよ...? 「一揃いセットが余ってるから一式貸してやる」。
週に最低2回はゴルフに行くというそいつの半ば強引なセッティングのもと、友人夫妻とともに朝からコースへ。サボテンのニョキニョキ生えるコースにじりじりと照りつける太陽。絵に描いたようなアリゾナ。

実際やってみると下手なりに楽しめるもんで、結局フルラウンド廻ってしまった。まぁ、もちろんスコアは惨々たるもんだけど。。。
あわや自分の身長の数に届こうかというスコア表を手にして、2年後日本に帰るまでにはバリバリに勝負できるようになってやろう、と防人は心に誓うのでした。


帰りがけ、温度計が差していたのは華氏116度(摂氏約47度)。そりゃ暑いわけだわ。。。
 

2009年8月1日土曜日

灼熱のアリゾナ 1日目 - セドナ

またしても友人訪ね歩きの旅。

高校時代の友人がアリゾナ州フェニックスにあるビジネス・スクールに通っており、まもなく卒業。余談ながら、私が高校時代仲良かった友人は今ことごとく北米大陸に来ている。なんか国を出たくなるお年頃なのだろうか。最初、今回の友人とはシカゴで会おうなどと言っていたのだが、都合折り合わなかった結果、一生のうちおそらく二度と来る機会はないだろう灼熱のフェニックスを訪ねることに。

昨日の夜に移動し、アリゾナ1日目の今日はフェニックスから2時間のセドナ(Sedona)に連れていってもらう。なんでもセドナはインディアンにとっての聖なる地で、癒しのエネルギーが放出されているとか。

現地在住のガイドさんがトレイルを案内してくれる。ところがこのガイドさん、セドナに住んでいるだけあってやたら会話がスピリチュアルな感じ。「ここら辺の人々は、法律や規則ではなく宇宙の法則にしたがって生きているんですよー」とか「サイキックを操る私の友人の一人が、チャネリングしたところによるとー」とか、当たり前のように会話に出てくる。まあこの際信じたもん勝ちだということで、エネルギーの渦(Vortex)から湧き出る不思議なチカラを感じようとしてみる。

むむむ、なんか感じてきたかも。。。

上の写真はサンダーマウンテン(Thunder Mountain)。ディズニーランドにある例のアトラクションは、ディズニー翁がこの地で瞑想をしているときに思いついたんだそうな。

こちらはベルロック(Bell Rock)。男性性のエネルギーが大放出されているポイントらしく、「元気」になるとか。実際に近くに行ってみて感じた効果のほどは...どうなんでしょう?

そんなこんなで1日フルに使って大自然のエネルギーを感じてきた。
帰りがけ、トレイルでちょっとつまづいたところ、件のガイドさんが「将来に不安がありますね。それも左足は自分の内面を表します。自分自身と向き合わないと、将来拓けませんよ」。  これって、もしかしたらMBA後に就職できないってこと!?
 

2009年7月25日土曜日

早いぞ 安いぞ ..!?

レンタカーを借り、パロアルトから南のモントレー(Montrey)までドライブ。

途中にあるギルロイ(Gilroy)という町では、Garlic Festivalという奇妙な祭りが行われていた。なんでもこの町は"Garlic Capital of the World"を自称していて、祭りではGarlic Ice Creamなんてものの出店まで出現するとか。この祭、どうやら地元では結構有名らしく、見物に行く客で高速道路が大渋滞していた。

モントレー自体は期待していたほどではなく、「ま、こんなもんか。。」という感じ。こちらに来てからメキシコやヨセミテなどいろいろ廻ったせいか、風光明媚な景色や自然のスペクタクルに目が慣れてしまったのかもしれない。

モントレーからは、州道1号線でサンタクルーズ(Santa Cruz)を通りハーフムーン・ベイ(Half Moon Bay)まで海岸線を北上、そこから山を越えてサンフランシスコ半島を横断して戻ってきた。こちらはいかにもカリフォルニアといった風情。ちょっと曇りがちで霧も出ていたのが残念だったが、晴れていればさぞかし気持ちいいだろう。

帰りに、クパチーノ(Cupertino)の町に立ち寄る。元シリコンバレー勤務のケロッグ日本人上級生が、「シカゴには無いからぜひ喰って来い」というので、この町にある日本が世界に誇るYoshinoya Beef Bowl Restaurantへ。こちらは牛丼だけでなく、チキン丼や野菜炒め丼、クラムチャウダーやクッキーまでおいてある。日本の大盛の感覚でLarge Sizeの牛丼を頼んだら、こんなのが出てきた。。。


肝心のお味は...、見た目とは裏腹に日本のものとほとんど同じ。多少お米の食感が異なるかな、というくらい。このお店、アメリカ人にも人気があるようで、結構な客がいる。シリコンバレーのビジネスマンは、特大サイズのペプシと一緒に牛丼をスプーンで食べながら、今日もイノベーションへの力を蓄えているのです。

 

2009年7月19日日曜日

ヨセミテ国立公園

なんか遊びのことばかり書いているような気がするが、それも今のうちということで、週末を利用してヨセミテ国立公園に行ってきた。

パロアルトから車で4時間半ほど。日本だと結構遠いと思ってしまう距離だが、アメリカだとすごく近くのような感覚になる。不思議だ。

土曜日の朝に集合し、ヨセミテに入ったのは昼過ぎ。

この季節は観光客が最も多くなるシーズンのため、ヨセミテ中心部のホテルや山荘はかなり前から予約しないと取れない。我々がとったのはヨセミテ谷から40分ほど手前に位置する川沿いの宿。

1日目は、Bridalveil fallsというちょっと甘い名前を持つ滝や、ヨセミテのランドマークであるYosemite Fallsを見てまわった後、ヨセミテ谷を見下ろせるOlmsted Pointという高台に上り、絶景を堪能する。ここのポイントは夕焼け時が特に美しいらしいが、今は夏時間のため日暮れは夜の9時頃を待たねばならない。さすがに遅くなってしまうので、泣く泣くその場を後にする。

夜はお決まりのBBQ。開始がちょっと遅くなってしまったので、真っ暗闇で肉を焼くことに。焼け具合がよく見えない。。。これでは肉を楽しむのは無理、と早々にあきらめて、酒と星空を堪能することにした。
いろいろと話をしつつ、結局夜中の1時頃まで呑み明かす。

2日目、二日酔いの頭を抱えつつ朝6時半すぎに宿を出て、Glacier Pointへ。ここもヨセミテ谷を見下ろすポイントだ。ヨセミテ谷からツアーのバスで登っていく。途中、ドライバーがいろいろ説明をしてくれたり、野生動物を見つけては乗客に教えてくれたりする。鹿や野うさぎなどはしょっちゅう見かける。今回は幸か不幸か出会わなかったが、グリズリー(巨大な熊)やコヨーテも有名だ。

熊といえば、小学生の頃だれもが歌っていた「森のクマさん」。
ずっと気になってたのだが、「クマさんの言うことにゃ 『お嬢さん お逃げなさい』♪」のところで、クマさんは一体何から逃げろと言っているのだろう。自分か? お嬢さんの近くにいると我を忘れて襲ってしまうほど自制心のないヤツなのか、クマさんは?

だれか正しい解釈を知っている人、教えてください。

話を戻して、ヨセミテ観光のつづき。

バスで1時間ほどで着いたGlacier Pointからの眺めはやはり素晴らしい。朝のせいか、ちょっともやがかかっていたのが残念だったが、ヨセミテ谷や溶岩でできたHalf Domeなどが一望できる。望遠鏡をのぞくと、Half Domeの岸壁をロッククライミングしている人たちが見える。頂上までには12時間ほどかかるんだそうな。

Glacier Pointから降りてきた後は、巨木セコイアの森などを見て今回のヨセミテ観光は終了。

2日という短期間で結構廻ることができた。今回は車やバスで廻る形だったけど、次来るときはじっくり時間をかけてトレッキングなどしてみたい。

 

2009年7月11日土曜日

ナパのワイナリー

今秋からStanford GSBに進むEFSのクラスメイトと連れ立って、ナパ・バレーへ。

道の両側にブドウ畑がえんえん続く様は圧巻だ。
3つのワイナリーをはしごして、ちょっとずつテイスティングをする。ブドウの種類による味の違いがよく分かる。ただ、同じ種類のブドウでもワイナリーが違うと当然味が違うらしいのだが、そこまではなかなか見分けがつかなかった。いろいろなワインを試したが、結局一番口に合うのは日本でもポピュラーなカベルネ・ソーヴィニヨンだとかシャルドネだという結論に。

ワインを十分堪能すると同時に、ワイン道を極めるだけの才能は自分にないことを実感した一日だった。
 
 

2009年7月1日水曜日

アメリカ入国!!

メキシコ雨季特有のものすごいスコールに遭い、さすがのバスも徐行気味ということで、オアハカからメキシコ・シティの友人M宅に帰り着いたのは昨日夜11時近くだった。
メキシコを発つ飛行機は7:25発。空港までの移動とチェックインに要する時間を考えると、朝5時前までには準備を整えなければいけない。案の定、一睡もできないままトランクと格闘する。

昨日のスコールの名残か、朝になってもまだ雨が降っている。Mによると、雨季であっても朝に雨が降るのは相当珍しいんだそうな。まだ暗く、水浸しの道路を送ってもらい、空港へ。 メヒカーナ航空でサンフランシスコまで、4時間半のフライト。
これから向かうのは、ケロッグ入学までの期間を使ってサマー・プログラムに出席することになるスタンフォード大学だ。
ヒゲ面&日焼け顔に麦わら帽子と、およそ勉強しに来たとは思えない格好で学生ビザを提示し、入国審査。パスポートの写真とのギャップに2, 3問答を受けるも、無事に米国入国。

アメリカへは9年前に初めてパスポートを取得して来て以来、6回目の入国。なんだかんだで1~2年に1回は来ている計算になる。サンフランシスコへは2005年以来、4年ぶり。やはり美しい街だ。
メキシコから来ると、アメリカがいかに豊かな国かを実感する。いろいろ問題はおありでしょうが、やっぱり押しも押されぬ先進国ですな、ここは。
  
港町の美しさと物価の高さをしみじみと身に感じながら、今日はサンフランシスコ市内のホテルで一泊。


おまけ: ぶらぶらと、フィッシャーマンズワーフの蝋人形館の前を通りかかったら、「あの人」が。。。

 

2009年6月30日火曜日

メキシコの旅 12日目 - モンテ・アルバン

オアハカ2日目。
といっても、夜までにはメキシコ・シティに帰らなければいけないので、それほど時間はない。
朝早くから、オアハカ近郊の古代都市遺跡、モンテ・アルバン(Monte Alban)へ。

モンテ・アルバンへはオアハカからバスで30分ほどなのだが、これがすごい道を通る。柵もない細い崖道をかなりのスピードで登っていく。これはかなりのヒヤヒヤ物である。
Monteというだけあって、遺跡は高い山の頂にある。ソチカルコでも思ったが、なぜ中南米の古代人は高いところが好きなのだろう。作物は育ちにくいし、付近の村との往来は不便だし、周りから攻められたら逃げ場は無いし、いいこと無いと思うのだが。。。

さておき、モンテ・アルバンの景色はやはり素晴らしかった。このメキシコの旅を締めくくるにふさわしい絶景である。メキシコに来て最初に行った遺跡であるティオティワカンに匹敵する、あるいはそれ以上の感動だ。
昨日のツアーのガイド曰く、今残っているモンテ・アルバンは8割がた復元されたものだということだが、この際それはどうでもいい。何千年も昔にこの場所にこれだけの大きな祭礼都市があったという事実だけで鳥肌モンである。

 
それぞれの祭礼施設に登り、そこから古代人が眺めていたであろう景色に想いを巡らせ、興奮冷めやらぬままオアハカ市街に戻り、再びバスに乗ってメキシコ・シティへの帰路に着く。

  

2009年6月29日月曜日

メキシコの旅 11日目 - オアハカ・ツアー

朝からオアハカの街を歩き回る。
ソカロ(中央広場)の周辺は朝早くから大変な賑わいだ。

オアハカ市街から少し離れたところにあるスポットを1日かけて回るツアーに申し込む。ツアーの顔ぶれはメキシコ・シティからの二人連れ、スペイン人の夫婦、カナダ人の家族など。
アメリカから1人で来ていたおばあちゃんと、スペイン語があまり分からない者同士仲良くなり、始終盛り上がる。なんでも米軍人の家族としてドイツや韓国に赴任していたことがあるらしく、世界中あらゆるところを旅行して回ったが、中南米だけは今までノー・タッチだったとのこと。

ツアーのルートは、古代サポテカ族の都であったミトラ(Mitla)遺跡、石灰質の大地を湧水が溶かしてできたイエルベ・エルアグア(Hierve el Agua)、現代のサポテカ族が住む村の民芸品である毛織物工房など。
大自然が作る地形、古代人が作る建築、今の人々が作る手織り文様の美しさに、どれもこれも圧倒される。
 
ツアーにのせられて、物を買い込むことはすまいと思っていたが、ツアー終了後やっぱり毛織物が心に引っかかって、民芸品屋を探して部屋に敷くラグを購入してしまった。本当にエバンストンまで全部持っていけるのか?
 

2009年6月28日日曜日

メキシコの旅 10日目 - プエブラ

今日は我が居候先の友人Mも仕事が休みのため、Mとその同僚夫妻と連れ立ってプエブラ(Puebla)の街へ。

メキシコ・シティから高速道路を飛ばしていくのだが、市内を抜けると空気も澄み、とても気持ちいい。
車窓からポポカテペテル火山(El Popocatepetl)が大迫力で見える。車からの見え方は東名から富士山を眺めるのと同じような感じだが、車自体がすでに3,000m級の高地を走っているので、山の高さは海抜5,452mにもなる。この山は今も噴火を続ける活火山だということで、万年雪の頂から蒸気のくもが大きく吹き上がって空に連なっている。写真に収めようとしたら急に雲が出てきてうまく撮れず、残念。

さて、プエブラの町での大きな目的は、この地方特産の陶器であるタラベラ焼きの購入。Mも来年には赴任の任期が切れるということで、日本へのお土産用にと仲買商人のように大量購入をちらつかせ値引きを迫る。そのボリューム・ディスカウントに便乗する形で、ワインタンブラーとマグ、スープ皿を購入。果たしてこれらをエバンストンまで割らずに持っていけるだろうか?


遅めの昼食の後、メキシコ・シティに帰るMらと別れ、プエブラから4時間半ほど長距離バスに揺られてオアハカ州の州都、オアハカ(Oaxaca)へ。中央広場の近くに適当に宿を見つけ、落ち着く。

 

2009年6月27日土曜日

メキシコの旅 9日目 - クエルナバカ

今日はメキシコ・シティを離れ、バスで1時間ほどのクエルナバカ(Cuernavaca)へ遠出。

クエルナバカは小ぢんまりとした古い町で、造りはぜんぜん違うのだが京都の産寧坂界隈を思わせる雰囲気がある。
旧コルテス邸や、タスコ銀山を拓いたホセ・ボルダの造ったボルダ庭園など、街自体も見所はあるのだが、そこは後回しにして市内からさらにバスで1時間ほどのソチカルコ(Xochicalco)遺跡へ向かう。

ソチカルコは、「よくぞまあ」というくらい高い丘の上にある。今は舗装された道路が頂上まで通っているが、この遺跡が現役だった当時はさぞかし往来に苦労しただろう。


町に戻り、主だったところを見た後は、食堂に入り鶏肉のポソレ(Pozole con Pollo)とビール。ポソレはメキシコの郷土料理で、肉とトウモロコシを煮込んだスープにアボカドや玉ねぎ、揚げトルティーヤを入れて食す。ビールはミチェラーダ(Michelada)というライム果汁と塩を使った呑み方でいただく。どちらもこちらに来てから教わったものだが、これがおいしくて結構はまってしまった。

 

2009年6月26日金曜日

メキシコの旅 8日目 - フリーダ・カーロとメキシコ国立自治大学

再びコヨアカン方面へ散歩。

この前は時刻が遅くて入れなかった、フリーダ・カーロ博物館へ。
恥ずかしながら、フリーダ・カーロという人物についてはメキシコに来てから知った。なんでも映画に取り上げられたとかで、最近は日本でも人気がある芸術家らしい。
あまり絵や彫刻についてはよく分からないのだが、この人の作品が面白いのは作品それぞれによって作風がかなり異なるところ。写実的なものもあれば抽象画っぽいものもある。時期によって作風が大きく異なる画家としてはピカソが有名だが、この人もピカソのように、作風に変化を与えるきっかけとなる経験があったのだろうか、などと月並みな感想を抱きながら博物館を後に。

その後、最近建物の壁画が世界遺産に登録されたという、メキシコ国立自治大学(通称UNAM)のキャンパスへ。拾ったタクシーの運ちゃんは陽気に道中を案内してくれるのだが、信号が壊れて大混乱の交差点に突っ込んでいったり、大学構内を時速80Kmでぶっ飛ばしながら建物の解説をしてくれたりと、なかなかスリリングなドライブだった。

UNAMのキャンパスはとにかく広い。一周りしてやろうと思い歩き始めたのだが、とても歩いて回れる大きさではない。そもそもキャンパス内の道路が車での移動を前提に作られていて、校舎や広場の周辺以外は歩けるような道がない。早々に断念して中央図書館周辺の様子だけ見学。
図書館等の壁一面に描かれたモザイク画も素晴らしいのだが、なにより面白いのはメキシコの学生生活を覗き見できること。学生が思い思いにテラスに座って議論していたり、広場で大道芸部(?)らしき団体が練習をしていたりと、ちょっとした学生気分に浸れる。


博物館や美術館もいいけど、やっぱり旅をしていて一番興味をそそられるのは、こうした現地の人々の生の生活風景だなぁ。
 

2009年6月25日木曜日

メキシコの旅 7日目 - ソカロ周辺散策

メキシコ・シティの中心部であるソカロ(Zocalo)を歩く。

もともとの町をスペイン人が徹底的に破壊して作り直した街だけあって、見た目は完全にヨーロッパ風だ。カテドラル(大聖堂)を中心に周辺をぐるぐると回ってアラメダ公園へ。

この街を建造したスペイン人の振る舞いを現代で行ったら国際的な大問題になるに違いない。そしておそらくは新しく作られたものはことごとく拒絶され、元の姿に復古されるのだろう。だけど、今のメキシコは街並みも、人々も、言葉もすべて、土着のものとスペインのものが交じり合い独特の風情をかもし出している。ここらへんの「ないまぜ感」がメキシコの魅力なのかもしれない。

今晩は誰とも会食の予定がない、ということで我が宿主の仕事帰りを待つ間にメシなど作る。豚のしょうが焼きと蟹&アラ汁。日本食が恋しかろうということで作ったが、何しろ豚肉はウォルマートで売っている分厚いものしかない。なんかポークソテーみたいになってしまった。美味しかったからいいけどね。

 

2009年6月24日水曜日

メキシコの旅 6日目 - コンデッサでケロッグの集い

この秋からケロッグの同級生となるメキシコ人2人とその友人に、繁華街コンデッサ(Condesa)で落ち合う。4月にケロッグのキャンパスで行われた合格者イベント"Day at Kellogg"で知り合い、こっちに来てから連絡をとったのだ。

モヒートをあおりつつバーで一頻り盛り上がったあと、腹が減ったということでタコス屋へ。チキン, チョリソ, 豆, サボテンなど、いろいろな種類のタコスを勧められるがまま食す。トルティーヤにはトウモロコシ原料のものの他に、小麦粉を使ったものもあることを教わる。どれもおいしいけど、やっぱり口に合うのはオーソドックスな具がいろいろ入っているやつかな。

なんだかんだで遅い時間になり、また秋に会うことを楽しみに家路へ。

 

2009年6月23日火曜日

メキシコの旅 5日目 - チャブルテペック

メキシコ・シティ中心部のレフォルマ大通り(Paseo de la Reforma)へ。通り沿いに歩き、チャプルテペックという大きな公園に着く。

この公園の中には動物園や博物館が点在していて、日本で言う上野公園のような感じ。ぶらぶらと公園内を散策した後、国立人類学博物館(Museo Nacional de Antropologia)に入る。ティオティワカンから発掘された太陽のカレンダーなどを見て、ふんふんと分かった気になる。

ところで、今日はじめて移動にメキシコ・シティの地下鉄を使った。駅や車内の様子は写真の通りなのだが、日本であれだけ新型インフルが騒がれているにもかかわらず、人ごみでも誰一人としてマスクをしていない。

やはり心配性と騒ぎすぎは日本人の性なのか、ネタに困ったマスコミがとびついた話題に踊らされている人が多いのか。。。

夜はまたMの同僚夫妻を招いてディナー。

お互い料理を作って持ち寄るということで、我々はビーフシチュー、サーモンとホタテのカプレーゼ、茹で落花生(料理か?)など用意する。

久々に外食でなく、家での豪勢な食事となった。
 

2009年6月22日月曜日

メキシコの旅 4日目 - 休肝日

昨日の夜、我が居候ホストである友人Mの同僚夫妻を交え、成田で買ってきた日本酒で一献酌んだ。話弾み、夜中の1時過ぎまで呑み続けた結果、結構体に酒が残ってしまった。

学校から要請された事務手続きも諸々こなさなければいけないし、今日は休養にしよう。日本にいたときも合わせて、ここ1ヶ月くらい毎日呑み続けだったからね。休肝日。

というわけで、家の周りをふらふら歩いた以外は1日部屋でおとなしく過ごす。
 

メキシコの旅 3日目 - ティオティワカン

メキシコ・シティから車で1時間ほどのティオティワカン(Teotihuacan)遺跡へ。

朝結構早く出たのだが、もうすでにかなりの人がピラミッドに上っている。ピラミッドの周りの商売人のおっさんたちの、「ドウ?ドウ?ホトンド、タダ!」の攻勢を振り切り、いざ太陽のピラミッドのぼり!

このピラミッドは階段状になっていて、神社の石段を登っているようなものなのだが、実際上ってみるとかなりしんどい。日ごろの運動不足と高地ゆえの空気の薄さに加えて、石段ひとつひとつの段差が大きくかなり急なのだ。
結構ふらふらな状態で頂上にたどり着く。見渡す限りの遺跡と平原。さすがに気持ちいい。

 

2009年6月21日日曜日

メキシコの旅 2日目 - 在墨日本人のラテンな生活

Mが日ごろお世話になっている在墨日本人のバースデイ・パーティが開かれるとのことで、お邪魔する。

主役となるNさんはもうかれこれ30年ほどメキシコに住んでいるらしい。客には我々の他、現地日本人学校の先生夫妻、駐在商社マンの家族、大学研究生などなど。なんか皆メキシコがすきで住んでいるだけあって、ノリもどことな普通の日本人と違う。

Nさん自ら力作の手料理を大いに食べ、"サルー!"(乾杯!)を繰り返して呑んだあとは、音楽の時間。ギターやピアノのほか、さまざま取り揃えてあるラテン楽器を使って思い思いにセッション。久しぶりにギターを弾いて唄った。あー楽しかった。