2009年8月18日火曜日

エバンストンへ鉄道で4,000km - 3日目

アメリカ内陸部の平坦な地形が続く。

昨日までは調子よく飛ばしてきた我がカリフォルニア・ゼファー号だが、今日は単線での貨物列車との行き違いのタイミングがうまく合わず、長く停まっていることが多い。気づけば、時刻表より3時間の遅れになっていた。

遅れを取り戻すべく、列車はかなり飛ばす。ミシシッピ川を超えてついにイリノイ州に到達した頃には、遅れは2時間ちょっとまで縮まっていた。イリノイに入ってしばらくすると、メトラ(Metra)というシカゴの近郊列車と線路を共有するようになり、町並みも草原一辺倒から若干賑わいが出てきたようだ。そろそろ、サンフランシスコからシカゴまでの長かった旅も終わり。
 
 
シカゴの摩天楼が見えてくる。都市規模としては日本の名古屋くらいだが、砂漠と草原ばかり見てきた目にはとても大きな都会に映る。列車はシカゴ・ユニオンステーションの18番線に到着。
 
 
ユニオン・ステーションには、長距離列車用に空港のようなバゲージクレームがある。自分の荷物とクレーム・タグを引き換え、外に出る。
 
 
エバンストンへは、ユニオン・ステーションから3ブロックほど離れた別の駅、オギルビー・トランスポーテーション・センター(Ogilvie Transportation Center)から、メトラのUP-North線で20分ほど。いよいよ、これから2年間を過ごす、エバンストンの街に到着。
 
 
今日は、ケロッグの日本人上級生が新入生を歓迎する呑み会が開かれる予定。アムトラックの遅れのせいでぎりぎりになってしまったが、トランクを抱えたまま会場に駆けつけ、渡米前に何度か会っていた同期や、4月に行われた合格者イベントDay at Kelloggでお会いした上級生と再会、気持ちよく酔いどれる。なんか自分の家に戻ってきた気分。
   
 

2009年8月17日月曜日

Stanford EFSについての事後考察

相変わらずシカゴへの列車の車中だが、ここでStanford EFSについてのまとめをしてみたい。

そもそも、サマー・プログラムとして私がStanford EFSを選んだのは以下の理由からだ。

・講義形式で会計学や統計学を学ぶサマーもあるが、知識系は自分で何とでもなる。それよりむしろ英語でのディスカッション中心の内容がいい
・ケロッグが提供するサマー・プログラムもあるが若干期間が短く(4週間)、もう少し時間をかけたい
・よくあるESL(English as a Second Language)プログラムのように、遊び感覚で来ている人が多いものは避けたい
・かといって、MBA進学者に特化したプログラムでは、学生の経歴・専攻にダイバーシティが無くつまらない
・いずれエバンストンで2年間過ごすことになる。どうせなら中西部とは気候や文化の異なる環境を体験したい

結果的には、Stanford EFSはこれらの条件に当てはまる、有益なプログラムだった。

終わってみて良かった点
・学生はみな真剣で優秀な大学院進学予定者か交換研究員
・大学院での選考はビジネスに限られず、工学, 地学, 法務, 政治学, 国際関係など多岐にわたるため、いろいろな視点や「人種」に触れられた
・勉強はそれなりにきっちりとやる(特に後半はアサインメントが結構出る)が、図書館にこもりきりになるほどではなく、ちょうどいいバランス
・アサインメントはグループ・ワーク形式のものも多く、チーム重視のケロッグの授業の準備になった
・(これは結果的にだが)日本人の少ないセクションになり、国籍の面でもダイバーシティが確保された
・北カリフォルニアの気候最高!! 広大で美しいキャンパス最高!!
・ヨセミテやナパなど、週末も観光には事欠かない
・なにより、これからも交流を続けたい多くの仲間ができた

もう少し何とかなれば…と個人的に思った点
・学費・寮費ともに高い!!
・スタンフォード以外に進学する人にとっては生活のセットアップが二度手間になる
・カリフォルニアは車社会。無くても何とかなるが結構大変
・寮内でも英語を多用することを期待して3人相部屋にしたが、ルームメイト(アメリカ人とアラビア人、いずれもPhD学生)がシャイなうえ、お互いの生活サイクルも異なり、あまり交流が無かった

多分に私個人の状況に依存するものもあるが、総合的には実に満足のいくプログラムで、選んで正解だったと思う。

 

エバンストンへ鉄道で4,000km - 2日目

サンフランシスコからシカゴまでの汽車旅2日目。

朝5時ころ、効きすぎの冷房で目が覚める。場所はどうやらソルトレイク・シティを過ぎた辺りのようだ。ふと気づくと、腕時計が指す時刻と携帯の時刻が異なっている。タイムゾーンを越えたためだが、こちらの携帯はタイムゾーンの修正を自動でやってくれるらしい。なかなか賢いもんだ。

昼ころ、ロッキー山脈を抜けた後はひたすら砂漠と大平原。時折、車掌が観光案内を放送してくれる。バッファローの大群などに遭遇することも何回かあり、そのたびに乗客が歓声を上げる。


 
突然の車内放送。なんでも乗客の誰かがトイレに異物を流して下水系統がいかれてしまったのだとか。「家で子供がやったらあなたも怒るでしょ!!」と誰とも分からない犯人に対してキレ気味の車掌の声。デンバーでエンジニアを呼んで修理するんだそうで、時間確保のために急いできますとの事。
 
デンバーへの到着は午後5時。時刻表上の予定より3時間近く早く着いた。どこをどうごまかしたのだろう。「やればできるじゃないか」と褒めてもいいことなのか?
 
   出発は予定通り8:10、というわけでデンバーの街にあるカフェから更新。
 

エバンストンへ鉄道で4,000km - 1日目

1ヵ月半を過ごしたスタンフォードを離れ、エバンストンへの移動の日。

普通なら飛行機で飛んでいくのだろうが、今回は鉄道を使って行くことにした。鉄道にしろバスにしろ、私は地を這って行く旅が好きだ。道中、風景の移り変わりやそこに住む人々を間近に感じることができるし、なにより時間をかけて移動するのは長い距離を旅をしているという実感が持てる。

早朝5時半、呼んでおいたタクシーに荷物を載せ、寮の部屋の鍵をハウジング・オフィスのポストに投げ入れて、ひっそりと出発。

シカゴまでは、サンフランシスコからベイブリッジを渡った対岸にあるエメリービル(Emeryville)から、アムトラックのカリフォルニア・ゼファー号(California Zephyr)が1日1便運行している。途中、ロッキー山脈あり、砂漠あり、大平原ありの風光明媚な路線で、総延長は実に4,000km! 乗車時間2日半の汽車旅だ。エメリービルまではサンフランシスコのカルトレイン(ベイエリアの近郊列車)駅から接続バスが出ていて、本来はパロアルトからもカルトレインを利用して乗り継げるのだが、あいにく今日は休日。休日のカルトレインは始発が8時過ぎという閑散ぶりなので、サンフランシスコまでタクシーで行かなければならない。

アメリカの鉄道事情は日本のものとはだいぶ異なる。昔はアメリカ全土に旅客鉄道網が形成されていたらしいが、飛行機や自動車が主な移動手段を占める現在では、長距離旅客列車はほとんど廃止され、前述のアムトラック(Amtrak)という半官半民の会社が物好き用に僅かに運行するのみ。サンフランシスコのような大都市の最寄であるエメリービルでも駅は驚くほど小さい。これでも駅員が居るだけまだいいほうで、ほとんどのアムトラックの駅は駅であることさえ分からないような無人駅なのだ。

ちょっと早く着きすぎたのでエメリービルで時間をつぶし、9時ちょっと前に、今後3日の移動手段であり宿でもある列車に乗り込む。車両はアメリカらしく大型で、座席も相当余裕がある。防人の短い脚では前のフットレストが遠く感じるくらいだ。食堂車やラウンジ・カーというのも連結されている。アムトラックを使っての旅は、9年前初めてアメリカに来たときに鉄道とバスで東半分を一周して以来だが、車両やサービス内容はその時からあまり変わっていないようだ。

 

ゆっくりとエメリービルを発車した列車は、途中カリフォルニアの州都サクラメントやネバダ州の小さなギャンブル・タウンであるリノを越えていく。雄大な山景色を眺めたり、iPhoneのナビに見入ってみたり、食堂車で老夫婦と夕食をしたりしているうちに時間は過ぎ、汽車旅1日目は暮れる。

 

 動画: ラウンジ・カーから山間の景色を望む

 

2009年8月14日金曜日

Graduation Day - Stanford EFS

楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。

今日はStanford EFS修了の日。午前中はそれぞれのクラスで成績表をもらったり、講師へのフィードバックを書いたり。成績のほうは、一言で表すと「あんた英語はパーフェクトではないけどよく頑張りましたっ!!」ってな感じで、まあご祝儀的なもんでしょう。
 
午後からは講堂で簡単な修了式めいたものがあり、各人名前を呼ばれてCertificateをもらう。その後場所を移してパーティ。大半の受講生はそのままスタンフォードに進むが、私は今日でみんなとしばしのお別れ。
 
勉強に遊びに仲間づくりに、とても濃密な6週間だった。
EFSについての総括はエバンストンへの道中を利用してまたまとめたいと思うが、このプログラムで一番価値があるのは、これまでの経験やそれぞれの院進学後の専攻が全く違う人たちと毎日顔を合わせて学習や議論ができる環境だと思う。クラスメイトは、ブラジルの投資銀行のCFO、なぜかNPOをやっている医師、3,000人規模の会社の社長、中国のアントレプレナー、学者の卵、韓国の外交官、裁判所の判事さんなど、みな腕に覚えのある人たちばかりだ。こういう人たちと知り合って長い時間を共に過ごせる機会というのは、他のサマー・プログラムではなかなか無いのではないかと思う。
 
カリフォルニアとイリノイは遠いが、これからもぜひIn toutchでいたい仲間だった。
 
 

2009年8月13日木曜日

キャンパスの小さな住人

前日までJapan Nightの準備に追われ、終了後は興奮冷めやらぬままに大吟醸をあおった結果、ケース・ディスカッションの予習と午後一のプレゼンテーションの準備を全くやっていないまま昨夜寝てしまった。(別に昨日に限らずいつものことだけど...)

朝早く起きてやるべく、早朝のキャンパスを図書館に向かって歩いていると、かわいい家族に遭遇。
 

リスはしょっちゅう見るけど、野生のアライグマまでいるとは。さすがアメリカのキャンパス。
 

追:

いろんな人からJapan Nightについての賞賛をもらう。素直にうれしい。あるクラスメイトからは、「お前、このことレジュメに書けるよ」と。目指せ、プロフェッショナル宴会部長への道!

 

2009年8月12日水曜日

Japan Night@Stanford

ついにJapan Night@Stanford当日。

朝から当日分の食材買付けに走り回った後、会場のセットアップ。授業を終えた日本人学生が徐々に集まり、準備は佳境へ。いろいろな事情で事前の企画ミーティングなどには参加できなかった日本人も、「何かできることがあれば」と集ってくれる。ありがたい。準備もひとまず落ち着き、めいめいに浴衣や甚平、お祭りの法被などに着替えて、いざ本番。
 

このJapan Nightはちょうどお盆の時期にあたるということもあり、日本の夏祭りをモチーフにした。食べ物は、手巻き寿司、おでん、カレー、たこ焼き、焼きそば、うどん、そば、おむすび、カキ氷、それに日本酒の利き酒と焼酎、日本のビールなど。またカルチャー&エンターテインメントのアトラクションとして、ヨーヨー釣り、折り紙、書道、剣玉・独楽、TVゲームを体験できるブースと日本の風景のスライドショーを設けた。事前宣伝の甲斐あって、$10のチケットが70枚弱はけている。無料の子供を含めると、80人以上が参加してくれる計算だ。EFSプログラムの受講生が全体で50人ちょっとであることを考えると、学生の家族や講師を含めたとしてもこの人数はかなりの参加率だ。彼らの期待に身が引き締まる。

開始時間の6時を過ぎ、徐々に人が集まる。やはり最初の人気は見て分かりやすい手巻き寿司。何度も何度も繰り返し列に並ぶタイ人あり、鮭とイクラを取って、独自に「親子巻き」を編み出すブラジル人あり。
 カルチャー&エンターテインメントのブースで意外に人気だったのはヨーヨー釣り。風船の柄がキュートだということで、子供はもちろん大人まで夢中になる。中には12個釣り上げて両手に抱えきれないヨーヨーにご満悦の子も。「この風船はどこに売っているんだ?」と聞かれ、「数日前にこちらに合流したEFS生の奥さんに日本から買ってきてもらったんだよ」と答えると、「こっちでは売ってないのか」と本当に残念そうな顔をする。
 
こういうイベントでの鉄板企画である書道もやはり人気が高い。みな嬉しそうに自分の名前が漢字で書かれた半紙を持って帰る。文字を書く側の日本人や他のアジア人の中で、意外な達筆っぷりが発揮されて一躍尊敬を集める人も。
 

展示コーナーに置かれた日本のファション誌は、女性たちの関心の的。 

クライマックスには盆踊り。日本のお盆の精神がどこまで伝わったかは"?"だが、なんとなく面白さは伝わったようだ。最後に三本締めで会を締めくくり、大盛況のうちにJapan Night@Stanfordは幕を閉じた。 

ちょっとした個人の思いから開催を提案してから3週間。短い期間で手探りの状態だったが、提案に賛意を示し協力してくれた方々のおかげで非常に楽しいパーティにすることができた。あらためて、協力してくれた日本人学生、EFSプログラムのコーディネーター、そして当日参加してくれた皆にお礼を言いたい。本当にありがとう。
 
 

2009年8月11日火曜日

Japan Night前夜

いよいよJapan Night@Stanfordが明日に迫る。

当日ふるまう料理のうち、時間がかかるカレーとおでんを今日のうちに拵えておく。さすがはカリフォルニア、日本食スーパーに行けば練り物だろうがカレールーだろうが何でも揃う。肉もアメリカの「どーんっ」という感じのヤツではなく、ちゃんと日本っぽい豚コマやシチュー用の角切り牛だ。

料理隊長の指揮の下で黙々と大根の皮むきと面取りにいそしむ。ちょっとした学園祭準備気分。懐かしい感覚。
 

2009年8月10日月曜日

I-20で大わらわ

またしてもI-20でトラブル。

数日前、今私が住んでいるスタンフォードの寮にノースウェスタン大学からI-20(アメリカの教育機関への在籍を示す公的書類。学生ビザの資格を保持するのに必要な超重要アイテム)が郵送されてきた。これはちょっとおかしいぞ、と首をかしげる。
前にも書いたように、私はアメリカ学生ビザの手続き上、スタンフォードからノースウェスタンに転学という形になる。この場合本来であれば、転入先となるノースウェスタンのI-20はスタンフォードでの課程終了までホールド状態になっていて、エバンストンに移動したあと転学手続きの書類をノースウェスタンに提出してから発行される仕組みになっている。なので今の時点で私のところにI-20が送られてくるはずがない。

ケロッグのInternational Officeに問い合わせてみたところ、案の定「間違えたー。送ったI-20は無視して」との回答。これから新しく転入用のI-20を準備するという。おいおい、困るではないか。私は来週の土曜からケロッグの学期前アクティビティ(要は新歓合宿みたいなもの)でペルーへ行くのだ。米国外へ出る時に有効なI-20を持っていないと、米国に学生ビザで再入国できなくなってしまう。

I-20の発行手続きは通常ならば早くても2週間程度はかかる。それではとても間に合わない。ケロッグの担当者は「なんとか急いでみるよー」と言うが、ホントに大丈夫だろうか...
 

2009年8月5日水曜日

掘って掘って、また掘って...

Japan Nightで盆踊りをすることに。
外国人に教えるにも、まず我々が踊り方を知らないといけない。
ちょっと検索したら、こんなものが。

炭坑節.jp
http://www.tankobushi.jp/index.html

世の中、いろんなことに情熱を燃やす人たちがいるもんである。
 

2009年8月2日日曜日

灼熱のアリゾナ 2日目 - 華氏116度でゴルフデビュー

昨日の夜、今回の訪問先である友人が「明日、ゴルフ予約しといたぞ」と一方的な宣言。

防人は日本にいるとき、ゴルフを極力遠ざけてきた。打ちっぱなしはほんの1, 2回だけ行ったことがあるのだが、まず球がまともに飛ばない。そもそも、小さい球を穴に沈めることの意義がよく分からない。スポーツというものは、アメフトにしろマラソンにしろ、戦争の陣取り合戦を模していたり歴史的な謂れがあったり、なにかしらそれっぽいルーツがあるもんだが、穴に球を入れることにどんなルーツがあるのだ?

そんな風に強がってみたものの、やっぱりできたほうが楽しいかなー、と思って、実はここんとこスタンフォードのキャンパスにある打ちっぱなしでちょこっとだけ練習していたりした。そうは言ってもドのつく初心者だ。コースなんてとんでもない、と思っていた。

球が前に飛ばないんですけど...?「大丈夫何とかなる」。用具を何も持ってないよ...? 「一揃いセットが余ってるから一式貸してやる」。
週に最低2回はゴルフに行くというそいつの半ば強引なセッティングのもと、友人夫妻とともに朝からコースへ。サボテンのニョキニョキ生えるコースにじりじりと照りつける太陽。絵に描いたようなアリゾナ。

実際やってみると下手なりに楽しめるもんで、結局フルラウンド廻ってしまった。まぁ、もちろんスコアは惨々たるもんだけど。。。
あわや自分の身長の数に届こうかというスコア表を手にして、2年後日本に帰るまでにはバリバリに勝負できるようになってやろう、と防人は心に誓うのでした。


帰りがけ、温度計が差していたのは華氏116度(摂氏約47度)。そりゃ暑いわけだわ。。。
 

2009年8月1日土曜日

灼熱のアリゾナ 1日目 - セドナ

またしても友人訪ね歩きの旅。

高校時代の友人がアリゾナ州フェニックスにあるビジネス・スクールに通っており、まもなく卒業。余談ながら、私が高校時代仲良かった友人は今ことごとく北米大陸に来ている。なんか国を出たくなるお年頃なのだろうか。最初、今回の友人とはシカゴで会おうなどと言っていたのだが、都合折り合わなかった結果、一生のうちおそらく二度と来る機会はないだろう灼熱のフェニックスを訪ねることに。

昨日の夜に移動し、アリゾナ1日目の今日はフェニックスから2時間のセドナ(Sedona)に連れていってもらう。なんでもセドナはインディアンにとっての聖なる地で、癒しのエネルギーが放出されているとか。

現地在住のガイドさんがトレイルを案内してくれる。ところがこのガイドさん、セドナに住んでいるだけあってやたら会話がスピリチュアルな感じ。「ここら辺の人々は、法律や規則ではなく宇宙の法則にしたがって生きているんですよー」とか「サイキックを操る私の友人の一人が、チャネリングしたところによるとー」とか、当たり前のように会話に出てくる。まあこの際信じたもん勝ちだということで、エネルギーの渦(Vortex)から湧き出る不思議なチカラを感じようとしてみる。

むむむ、なんか感じてきたかも。。。

上の写真はサンダーマウンテン(Thunder Mountain)。ディズニーランドにある例のアトラクションは、ディズニー翁がこの地で瞑想をしているときに思いついたんだそうな。

こちらはベルロック(Bell Rock)。男性性のエネルギーが大放出されているポイントらしく、「元気」になるとか。実際に近くに行ってみて感じた効果のほどは...どうなんでしょう?

そんなこんなで1日フルに使って大自然のエネルギーを感じてきた。
帰りがけ、トレイルでちょっとつまづいたところ、件のガイドさんが「将来に不安がありますね。それも左足は自分の内面を表します。自分自身と向き合わないと、将来拓けませんよ」。  これって、もしかしたらMBA後に就職できないってこと!?